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    我が国ほど数多くの文化財が伝世品という形で遺されている国はありません。発掘品や偶然にのこったものではなく、先人達の確かな意思で伝えられてきたものがほとんどです。その中には写本として伝わっているものもあります。オリジナルは失われても、その精巧な写しがのこされたことになります。幕末明治に写真術が伝わると写真で記録するということも、文字通り「写し」のひとつの方法として、その役割を担うことになります。

    便利堂は明治20年(1887)の創業以来、写真や印刷物を通して日本文化の伝承と普及のお手伝いをしてきました。文化財を未来へ伝えるために便利堂の写真技術が活躍した最大の事例は法隆寺金堂壁画でしょう。オリジナルは昭和24年(1949)に惜しくも焼損してしまいましたが、昭和10年(1935)に原寸大で撮影された写真(ガラス乾板)が保存されていました。現在、法隆寺の金堂において私たちが目にすることができる壁画は、この写真原板を使って刷られたコロタイプを下地として昭和42年(1967)に再現模写されたものです。

    このたび、この撮影写真原板の重要さが評価され、国の重要文化財指定を受けることになりました。
     


     

    世界でも類を見ない原寸大分割撮影プロジェクト


    奈良斑鳩の法隆寺は国民のみならず世界の人々に認識された日本を代表する寺院です。金堂に千数百年にわたり伝えられてきた金堂壁画は、アジア仏教美術の至宝というべき傑作でした。壁画の制作年代は、金堂が建立された時期とも関連し諸説ありますが、おそくとも西院伽藍の諸堂がととのう和銅4年(711)までに描き終っていたものと考えられます。



    法隆寺西院伽藍(金堂焼損前)
     

    この国宝中の国宝である金堂壁画を後世に守り伝えるため、国の事業として壁画保存の方法が検討されました。まずは原寸大写真を撮影して現状を記録することに決定し、便利堂に委嘱されました。大きな壁画12面を、しかも狭い堂内で原寸大に分割撮影するというのは容易なことではありません。まだ写真術が発明されて100年もたたないこの時代、おそらく世界中をみても、このような大規模で高い技術を要する撮影は行われたことはないでしょう。 この撮影のために特別製の大型カメラを制作し、堂内に設置しました。テストを経て昭和10年(1935)8月より6人がかりで行われた撮影は75日間にわたりました。壁画全12面を374分割(全紙判ガラス乾板363枚)、赤外線写真が20枚以上撮影されました。この時にカラー撮影(4色分解撮影)も便利堂によって独自に行なわれました。昭和13年(1938)にはこの撮影原板から原寸大のコロタイプ複製が制作されました。
     




    大型カメラの模型
    大型カメラの模型
     
     

    昭和の模写事業と壁画の罹災


    この原寸大コロタイプ複製で特筆されるべきは、昭和14年(1939)にはじまった壁画12面の「昭和の模写」と昭和24年(1949)に火災に遭ってから後、昭和42年(1967)にはじまる「再現壁画」の下図の作成に使用されたことです。

    昭和14年(1939)より「昭和の模写」と呼ばれる模写事業がはじまりました。入江波光、荒井寛方、中村岳陵、橋本明治の4作家を中心とする16名の画家が作業にあたりました。戦争をはさむ10年間にわたって、過酷な環境下で模写作業は続けられました。模写作業も終盤にさしかかった昭和24年(1949)1月26日の未明、金堂は火災に見舞われます。火災の高熱と消火活動によって壁画は著しく損傷し、ほとんど出来上がっていた模写も罹災しました。この金堂火災をきっかけとして翌25年(1950)5月、今日の文化財保護法が制定されます。この痛ましい焼損壁画こそが、我が国の文化財保護のシンボル的存在といえます。
     


     

    原寸大写真原板と再現壁画事業


    「原寸大分割撮影」「カラー撮影(4色分解撮影)」の写真原板は、第二次大戦中は京都大原の三千院に疎開させるなど、唯一無二の貴重原板として丁重に便利堂で管理されてきました。昭和29年(1954)に再建された金堂の壁には何も描かれていない状態でしたが、朝日新聞社の呼びかけにより金堂壁画の模写が昭和42年 (1967)3月に実施される運びとなりました。「昭和の模写」同様、コロタイプ版を和紙に薄くプリントしたものを下絵に用い、前回の模写や原色版図版などを参考に彩色を施す手法がとられました。

    安田靫彦、前田青邨、橋本明治、吉岡堅二の4作家に計14名の精鋭画家が、約40名の助手を伴い、作業開始から1年後の昭和43年(1968)2月に完成した壁画は、同年1月に内陣小壁の飛天図の模写とともに再建された金堂に壁にはめ込まれました。これにより火災から約20年ぶりに「再現壁画」により金堂が荘厳されることになりました。
     


     

    重要文化財指定への道のり


    平成23年(2011)6月に岩波書店から刊行された『原寸大コロタイプ印刷による 法隆寺金堂壁画選』の制作作業にあたり、原寸大乾板一式を約40年ぶりに法隆寺収蔵庫よりお借りする事になりました。この機に何らかの出来うる限りの保存策を施すべきと考え「法隆寺金堂壁画ガラス乾板保存プロジェクト」を立ち上げました。以後、足かけ3年にわたって原板調査を重ねてきました。2015年(平成27)3月14日、文化庁より文化審議会の答申が発表され、 「カラー撮影(4色分解撮影)写真原板」(便利堂所蔵)は「壁画焼損前の彩りを伝える唯一の原板として貴重 」であること、「原寸大分割撮影写真原板」(法隆寺所蔵)は「高い撮影技術を駆使して細部に至るまで、巨大な壁画の精緻な記録を作成することに成功」したことなどが高く評価され、法隆寺金堂壁画の写真原板は、「歴史資料の部」8件のうち2件として重要文化財に指定される見込みとなりました。

    さらに詳しくは下記にて

    →「法隆寺金堂壁画とコロタイプ」
    →「法隆寺金堂壁画ガラス乾板保存プロジェクト 
    →「法隆寺金堂壁画ガラス乾板保存プロジェクト◆

     


     

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